ADHD(注意欠如・多動症)の疾患啓蒙が進んで来たため
ご本人さん自らもしくは周囲から受診を勧められて当院へ来院される方が増えてきています。
ADHDの症状は原則的には小児期からのものですが、
保護的な環境下での生活ではその症状が表面化せず、ADHDとは気づかずにいた人が
社会生活(社会の荒波)に突入してADHDの症状が表面化してきたり、
そのADHDによって二次的にうつ病やうつ状態の発症が見られるケースも多々あります。
今回はADHDとうつ病・うつ状態の共通点・違い・その他などについてまとめてみました。
1.うつ病・うつ状態とADHD(注意欠如・多動症) 基本的な定義と特徴
うつ病(Depression)・うつ状態
- 定義: うつ病は、持続的な悲しみや興味・喜びの喪失、
エネルギーの低下を特徴とする気分障害です。
心身にわたる広範な症状を伴い、日常生活に大きな支障をきたします。
- 主な症状:
- 持続的な抑うつ気分、悲しみ、無力感
- 興味や喜びの喪失(好きだった活動に対する無関心)
- 疲労感やエネルギーの低下
- 睡眠障害(過眠または不眠)
- 食欲や体重の変化
- 自尊心の低下、自己評価の低さ
- 自殺念慮や自己破壊的な考え
- 思考や集中力の低下、決断力の欠如
- 原因: 遺伝的要因、神経化学的異常(セロトニンやノルアドレナリンなどの
モノアミン系の不均衡)、心理的ストレス、環境的要因(トラウマ、家庭環境、
社会的ストレス)などが複合的に影響します。
ADHD(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)
- 定義: ADHDは注意力の持続困難、過度な多動性、衝動性を特徴とする神経発達障害です。
幼少期に発症し、学業や職場、対人関係において機能的な困難を引き起こします。
- 主な症状:
- 不注意(注意欠如):
- 集中力の持続が難しい
- 細部への注意不足や不注意なミス
- 指示に従うことが難しい
- 物を忘れたり、無くしたりすることが多い
- 多動性:
- 座っている時に落ち着きがない、手足を動かす
- 静かに過ごすことができない、過剰に活動的
- 衝動性:
- 思い立ったことをすぐに行動に移す
- 順番を待つのが難しい
- 他人の会話を遮る、場違いな発言をする
- 原因: 遺伝的要因が強く、脳の前頭葉の機能や神経伝達物質(ドーパミンやノルアドレナリン)
の異常が関与しています。
環境的要因(出生時の合併症や早産など)も影響することがあります。
2.うつ病・うつ状態とADHD(注意欠如・多動症) 似ているところ
2.1. 注意力の問題
- うつ病: 抑うつ気分やエネルギーの低下により、集中力が落ちることがあります。
特に、思考の遅れや決断力の低下が見られ、日常の判断や作業の遂行が困難になることが
あります。
- ADHD: 注意力の持続が困難で、簡単に気が散ったり、集中し続けることが難しいと
感じることが多い。特に、単調な作業や興味のないことに対して注意を払えない。
2.2. 気分の変動
- うつ病: 持続的な悲しみ、無気力感、自己評価の低さが見られますが、
軽度のうつ状態の場合は気分の変動が激しくなることもあります。
うつ病・うつ状態は午前に調子が悪くなる日内変動がみられます。
- ADHD: 感情の制御が難しく、衝動的な行動やイライラしやすいなど、
気分の浮き沈みが激しいことがあります。
2.3. 実行機能の問題
- うつ病: 決断力の低下ややる気の欠如により、
計画を立てて行動することが難しくなります。
また、疲労感や集中力の低下から、タスクを完遂するのが困難になります。
- ADHD: タスクの計画や時間管理が苦手で、先延ばしにしやすく、
物事を組織立てて行うことが難しい。
思いつきで行動してしまうため、効率的にタスクを完遂するのが難しい。
2.4. 社会的・職業的機能の低下
- うつ病: 気分や意欲の低下、集中力の問題により、
仕事や学校でのパフォーマンスが著しく低下し、社会的な関わりも減少することがあります。
- ADHD: 注意力の問題や多動・衝動性が原因で、仕事や学校での成績や対人関係に
悪影響を及ぼしやすい。
2.5. 自尊心の低下
- うつ病: 自己評価(自尊感情)の低さ、無力感、罪悪感が顕著で、
自分を過度に責める傾向があります。
- ADHD: 自分のミスや不注意によって周囲からの批判を受けやすく、
それが積み重なることで自己評価が低くなることがあります。
3. うつ病・うつ状態とADHD(注意欠如・多動症) 違うところ
3.1. 主な症状の焦点
- うつ病:
- 主に気分の低下、持続的な悲しみ、無力感などの感情の問題が中心。
- 興味や喜びの喪失、エネルギーの低下、自己評価の低下などの
心理的・身体的症状が顕著。
- ADHD:
- 注意力の持続困難、過度な多動性、衝動的な行動などの認知・行動的な問題が中心。
- 実行機能(計画や時間管理)の障害や、衝動的な行動が目立つ。
3.2. 原因
- うつ病:
- 遺伝的要因、神経化学的異常(セロトニンやノルアドレナリンなどの
モノアミン系の不均衡)、心理的ストレス、環境要因(トラウマや社会的ストレス)
などが原因。
- 一過性のストレスやライフイベントが引き金となることが多い。
- ADHD:
- 遺伝的要因が強く、脳の前頭葉の機能低下や
神経伝達物質(ドーパミンやノルアドレナリン)の異常が関連。
- 生まれつきの神経発達障害であり、環境要因よりも遺伝的要因が大きい。
3.3. 発症時期
- うつ病:
発症年齢は幅広く、特に青年期から中年期に多い。
原因となるライフイベントに関連して突然発症することがある。
- ADHD:
幼少期に発症し、成人期にも症状が続くことが多い。
症状は発達の早い段階から見られる。
3.4.診断基準
- うつ病:
DSM-5では、2週間以上の期間にわたる抑うつ気分または興味の喪失を中心に、
合計5つ以上の症状(疲労感、罪悪感、集中力の低下など)が存在することが診断基準。
- ADHD:
12歳以前に発症し、6ヶ月以上にわたる不注意または多動・衝動の症状が6つ以上存在し、
2つ以上の異なる環境(家庭、学校、職場)で影響を及ぼすことが診断基準。
3.5. 生活への影響の現れ方
- うつ病:
活動や対人関係への意欲が低下し、引きこもりや人付き合いの回避、
自己破壊的な行動が見られることがある。
- ADHD:
突発的な行動や、注意の散漫さにより、生活のスケジュール管理が困難になりやすい。
時間に遅れやすかったり、計画の変更に対応しづらい。
4. うつ病・うつ状態とADHD(注意欠如・多動症) 治療法の違い
うつ病・うつ状態
- 薬物療法:
- 抗うつ薬(SSRI、SNRI、三環系抗うつ薬などモノアミン系調整薬剤)が
中心薬剤として使用されている。個々の症状や副作用に応じて処方が行われる。
ケースによっては併用療法や増強療法などが検討される。
- 心理療法:
- 認知行動療法(CBT)、対人関係療法(IPT)などが有効。
- マインドフルネスや行動活性化療法も用いられる。
- その他:
- 重症の場合は入院治療や電気けいれん療法(ECT)などが検討される。
ADHD
- 薬物療法:
- 中枢神経刺激薬(メチルフェニデート(リタリン錠・コンサータ錠)、
リスデキサンフェタミン メシル酸塩(ビバンセカプセル))や
非刺激薬(アトモキセチン塩酸塩(ストラテラカプセル)
グアンファシン塩酸塩(インチュニブ錠))などが用いられる。
- 症状の持続時間や副作用に応じて調整される。
その他 抗精神病薬のリスペリドン(リスパダール)や
アルピプラゾール(エビリファイ)・ブレクスピプラゾール(レキサルティ錠)などは
精神科専門医によって処方されることもあります。
- 心理療法:
- 行動療法やソーシャルスキルトレーニング、タイムマネジメントの訓練が行われる。
- 認知行動療法(CBT)は、成人ADHDの不注意や衝動性のコントロールに効果がある。
- その他:
- 環境調整(学校や職場での支援)や家族への教育も重要。
5.うつ病・うつ状態とADHD(注意欠如・多動症) 合併症のリスク
- うつ病とADHDは相互に関連していることがあり、
ADHDを持つ人はうつ病を併発するリスクが高い。
- うつ病があると、ADHDの診断や治療が遅れることがあるため、
- 両者の併発に注意が必要。
- 似ているところ: 両者とも注意力の問題や気分の変動、実行機能の問題があり、
社会的・職業的機能の低下を引き起こす点で共通しています。
- 違うところ: うつ病は主に感情的な症状に焦点を当て、
発症や経過が一過性であることが多いのに対し、ADHDは認知・行動の問題に焦点を当て、
幼少期から成人期にわたって持続する発達障害です。
また、治療法や生活への影響の現れ方も異なります。
両者の理解を深めることは、適切な診断と治療、そして日常生活での
適切な対処法を見つけるために重要です。
当院ではうつ病・うつ状態とADHDの合併の方が来院された場合、
まずはうつ病・うつ状態の治療を集中的に行ったのちに、
ADHDの症状が生活へ影響がある場合、ADHDの治療も並行して行うこととしています。
該当されると思われる方は ご相談ください。